異形面のヒーロー

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身長160センチぐらいの10代の少年の見た目をしている。
骸骨のような異形の仮面をかぶり、両肩からは普通の腕とは別に、骨と腐肉の中間のような怪腕が生えている。
見た目は少年だが、喋り方は少し年寄りじみていて、己を“ヒーロー”だと自称する。

* * *

『ミステリアス・ミューテーション』

吾輩はそう呼ばれた。
被った者に絶大な力を与える代価に、その者の肉体を“異形”としていく、呪いの面。
多くの者を力で誘惑し、多くの人生を狂わせ、破滅させた。

……それも、数百年前の話。
吾輩は、ある教会の、とある展示室に『呪いの面』として、飾られた。
教会の牧師は、金にがめつい男だった。
吾輩は喋る面として教会内で見世物になる予定だったが、初公開日に沈黙を保ってやったら、次の日には無料公開場所に移された。

それは、啓蒙な、神の信徒の少年だった。
毎日毎日、ショーケース越しの楽器を見るが如く、閲覧無料の吾輩を、羨望の目で見つめに来た。
展示された吾輩の下には、吾輩のことを吾輩が知る以上に詳しく書いたプレートがあったことだろう。
それに書かれた内容はおおよそ邪悪なものだったし、無垢な少年が憧れるには些か黒すぎた。

「なにゆえ、吾輩を毎日見に来るのか?」

率直な疑問を、吾輩は少年に投げかけた。
展示されてから初の吾輩の声に、硝子越しのソレに、少年は些か驚いていた。

“君は、どんな人にも力を与えられるんだろう?”
“僕は、生まれつき体が弱い”
“僕は、強くなって皆を助ける、ヒーローになりたい”

……少年が語ったのはおおよそ、こんな内容だった。
無垢なる少年の、純真なる願い。
人間の子らしい、よくある英雄願望、変身願望だった。

その日を境に、吾輩には、見つめられるだけでなく、話しかけられる労働が増えた。
少年の無知なる純白の心を聞き、吾輩の見解で否定するだけの問答だったが
まぁ、労働の喜びというか……悪くはない、日常だった。


教会の牧師は、金にがめつい男だった。

元々、封印のために奉納された呪いの面で、一稼ぎしようとするような男だ。
裏で相当あくどいことをしていたのだろう。
……教会に火がつけられたのは、たぶん、そういう経緯があったのだろう。

吾輩は、面だ。物だ。
逃げ出すための足も、火の粉を払う腕もない。
展示室に立ち込める黒煙を、焼け落ちる教会の壁面を見ながら。
魔女でもないのに火炙りか……お似合いの最期じゃないか、などと感傷に浸っていた。


“助けに来たよ、さぁ、逃げよう”

吾輩の現実逃避を、現実に戻す言葉。
ガラスケース越しに差し出す、火傷だらけの手、煤だらけの笑顔。


なぁ、神よ。
あなたは、啓蒙な信徒に厳しすぎる。


吾輩はいい、吾輩はいいよ。

何十人、何百人と……殺し、狂わせ、奪い、呪った。
自業自得、勧善懲悪、然るべくしてなった報いだ。

だが、“彼”は違う。

“少年”は違う。
彼は何もしていない、何も悪くない。

こんな地獄のような業火の中で、こんな呼吸もままならない黒煙の中で
か弱い体を、か弱い気管を苦しめ、吾輩を抱きかかえたまま、意識を失って死を待つなんて、おかしい。


神よ、ああ神よ。
吾輩が憎み、吾輩を断ずるであろう、神よ。


“彼”のために、どうか、一度でいい、奇跡を、ください。


意識のない彼が、吾輩を被る、奇跡を。




……少年の、意識は、戻らなかった。

肉体は、正常。吾輩を被ったことで、むしろ、心肺機能は回復した。
しかし、一酸化炭素を吸い過ぎたのだろう。脳が、死んだ。

吾輩が少年の身体を乗っ取り、逃げ延びた後も……少年は、戻ってこなかった。


“彼”は、幸せになるべきだ。

それは世界の在り方だ。そうだ、彼のような子供が、幸せになるべきだ。
いつか来る、少年の目覚めの時のために……少年は、幸せであるべきだ。

彼の夢はなんだ?
何が彼を幸せにする?



そうだ、彼は、“ヒーロー”になりたかったんだ。

ならば、吾輩は、“ヒーロー”になろう。
彼が戻るその日まで……吾輩が、彼を、“ヒーロー”にしよう。


* * *

“ヒーロー”を称するには、彼の腕は非力すぎる。
…そうだ、もっと強い、もっと多くを守れる、強い腕を生やそう。

でも、あまりヒトを離れては、“ヒーロー”とは呼べないかも知れない。
なら、他者からは見えない位置なら良いだろう?
彼の両目は、もっと便利なものにしよう。